子どもの障害に気づいたきっかけは?
こんにちは。
障害のある子の親が少しでもお役に立ちたい、と思っているやなです。
障害とひとことで言っても種類は様々ですが、多いのは発達障害でしょうか。
今回は子どもが診断に至るまでの過程を書いていきたいと思います。
0歳代はゴキゲンなあかちゃんだった
0歳児時代はよく飲みよく眠り元気でよく笑う元気な赤ちゃんだった。
運動発達も正常で、首すわりは4か月、お座りとつかまり立ちは7か月、歩き始めは1歳0か月。
1歳3か月頃には発語もあり、同年代の子と一緒に遊ばせたりしても特に問題ないように感じていた。
ただちょっと独特な言葉が出ていて面白かった記憶はある。
お気に入りのうどんのことを「ぱかぱか~」って言っていたな。
1歳6か月健診の時、その独特な言葉について保健師さんにお話したところ、発達相談を受けないか。と伝えられた。今思えば、その時保健師さんから笑顔が消えてた。
健診でたくさんいた親子が発達相談では3組ぐらいしかおらず、軽い気持ちで相談したことが何か大変なことになっているとやっと気づいたのでした。
育てていく中で違和感を覚えていく
その後、民間の親子教室などに参加した。
集団遊びより個人で好きに動くのが好きなタイプだったけど、その時は小さいしそんなものなのかな?ぐらいにしか考えていなかった。周りにはもっと手のかかる子もいたし。
2歳を迎え少しずつ周りの子との違いが出ててきた。
ごっこ遊びをしたり、私から離れるのを怖がったりという事がなかったのだ。
好き嫌いなく食べていた食事も同じものばかり要求するようになり、落ち着かずずっと動き回るかずーっと同じ遊びを繰り返すようになった。
その頃熱性けいれんを起こしたことがあり、それ以降子育てが難しくなってきた。
小児科医に、この子は何か集団で活動したりしているのか?と尋ねられたがその時は質問の意図が分からなかった。今考えると特性は顕著だったなと感じる。
療育と確定診断
その後自治体の月1回の親子教室に通い始め、こだわりやパニックもますます激しくなり自傷行為も出始めたことから療育へ通うことになった。
療育は少人数で遊ぶのと、先生が話を聞きアドバイスをくれるので安心して過ごすことができた。
その時、医師の診察を進められて『広汎性発達障害』と診断された。
(当時は自閉症スペクトラム障害とは呼ばれていませんでした。)
診察を受けると決まった時にわかっていたことだけど、やはり確定診断を受けるのはかなりのダメージだった。
説明を聞いている時、自分がどうだったかは全く覚えていない。
障害と告げられた子どもの様子はいつもと変わらなかったと思う。
あの時はつらかったけど
もう13年前のことなのですが、あの時のつらい気持ちは忘れられないですね…
その気持ちを押し込み、子どもと向き合う時間は本当に苦しかった。
あの時の自分に「よくがんばったね。」って言ってあげたい。
はじめまして
はじめまして。やなです。
私の子どもは自閉症スペクトラム障害があります。2歳10か月で当時は広汎性発達障害と診断されました。知的に遅れもあり療育手帳も取得しています。
現在子どもは14歳になり中学2年生です。学校へ通えていません、いわゆる不登校です。
幼児期から療育を行い、病院で言語・作業のリハビリを受けていました。
音楽療法など民間の療育と放課後等デイサービスも併用し、学校では特別支援学級に在籍しています。
障害のある子どもの将来はどうなるのか?
引きこもりになり、更に心配な要素が増えてきてしまいました。
ただ心配だと日々過ごしているだけでは何も変わらない。
変わらないどころか、より心配事が増えていく。
それなら将来起きそうな心配事を少しでも軽くしていけばいいのでは?
と思い、将来に必要な申請や手続き、備える準備などをまとめるためブログを始めました。
また、節目節目で必ず必要になってくる成育歴の記録も書いていきます。
成育歴の記録を残すのはめっちゃ大事です!!
特に、これからお子さんが入園入学を控えている方に役に立つ情報をお届けできればと思っています。
どうぞよろしくお願いします!